代々木ではたらく

これからの働き方を考える

結婚式で乾杯を歌った話、

こんにちは、よしけです。久しぶりのブログを書いていきたいと思います。前回はもう1ヶ月くらい前でしょうか。(いやもっと前。この記事を書きかけてまた1ヶ月くらい放置しましたので。)どれくらいたったのかもよくわかりません。ブログを書かない期間もいろいろなことがあり、いつブログを更新してやろうかといつも考えているのですが、まぁ、書きたくなったら書けばいいですね。独り言日記ブログですからね。せいぜい好きにします。季節は秋真っ盛りで、都内も朝晩はもう結構寒いですね。秋というのは僕は大好きな季節です。本当いいですよね。夏が終わってちょっとテンションも落ち着きます。台風もない、花粉症もない、寒くない、暑くない。季節の起伏の激しい日本のなかでもわりと穏やかに暮らせる季節であります。そして何と言ってもご飯が美味しいですよね。ご飯がおいしいだけでも最高なのにね、いろいろ遊ぶのも最高、仕事やるのも最高。秋最高ですね。楽しみましょう。

 

先日、友達の結婚パーティがありました。僕、結婚式の類が心底苦手なんですよね。幸せでおめでたいイベントに苦手って言ってしまって本当に申し訳ないのですが、、。1年に50日くらいしかない大事な大事な日曜日の1日を使って、1年に1回くらいしか着ないスーツを引っ張り出して、ズボンが入らなくて、ぎゅうぎゅう肉を詰めて、ご祝儀はいくらなの?とか、封筒探して、ピン札下ろして、何か現場の手伝いが発生したりして、そのために事前に準備をして、、それで眠れなくて、とかさーーーーーー。マジで。どんだけ人の時間を奪いやがるんでしょうか?この幸せなイベントは。僕の時給いくらか知ってますか???。知ったらそんなこと頼めないよ。って思っちゃうんですよ。その人が嫌いとかじゃ全然ないですよ。祝いたい気持ちは本当にあります。でもね。この世で一番大切なのは時間です。時間がなぜ大切なのかって言えば、みなさんご存知のとおり「命」そのものだからですよね。だれかのために時間を使うっていうのは現物の「命」を差し出すっていうことです。それくらい重大なことなのです。

 

で、こともあろうに、この幸せなイベントで僕は「乾杯の挨拶」というやつを発注されてしまいました。あー終わった。乾杯の挨拶というやつは面白おかしく盛り上げないといけないし、つまらない話はもちろん、かっこつけた話もNG、長く話したらスパークリングがただのぬるいワインになるし、もう最悪です。スピーチなんてものは全くやったことがなく、作文も大の苦手。文章考えて、練習して、睡眠時間削って、どれだけ命を削ることになるのでしょうね。当日も緊張のあまり楽しめない。あー終わった。だからやなんですよ。これだから。で、いろいろ考えた挙句、長渕剛の乾杯をアカペラで歌うことにいたしました。おいおいそれ一番やばいやつやん???練習時間かかるし、ハズいし、スベるし、サムいし、キモい。

 

でも、まぁ、頼まれたからにはやるしかない。それしかないんすよ。頼まれて、おう!やるで!って言ってしまったら最高のクオリティを出すしかない。恥を晒しまくって、「コイツ終わったわ」って思われなければ失敗です。というか、それが狙いであり成功です。何かやろうとした時に「成功」か「失敗」かが発生する状態にしてはいけない。「成功」か「成功」の2択になるように仕掛けなければいけません。どう転んでも「成功」させる。そこまでもっていって初めてやる意味がでてきます。今回は長渕を歌えば「うまい歌声を聞かせて成功」か「下手くそな歌声でインパクト(思い出)を残して成功」かその2択に持っていきます。だから、全力で大声で歌うしかない。最低限耳に入る、耳に残る歌声をつくって現場に持っていかなければならない。

 

まず、youtubeで結婚式で「乾杯」を歌ってる人を検索しました。一番理想的な人を発見しました(笑)これをやるぞと。

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そして、練習しました。仕事の合間に新宿西口の大ガード付近のヒトカラに毎日2時間2週間こもりました。(カラオケ15年ぶりです)毎日2時間ぶっ通しで長渕。毎日2時間ぶっ通しで乾杯。2時間で14日ということは24時間長渕を歌ったわけです。あれ多分5分くらいだから、288回くらいですかね。82点から始まり、最終的には95点までだせるようになりました。でもね、これやはり機械的に音程変化させて取れた数字なんですよねー。気持ちを全くこめないでロボットみたいに歌ったら取れました。普通に歌うと92点くらいがいいところでした。残念。

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 す

で、本番で、やはり乾杯の挨拶で僕の名前が呼ばれてしまいました。あー、、こんなの嘘だったらいいのにと思いながら前にでて、長渕。乾杯を歌いました。やはり本番では緊張しまくり、硬くなり、グラスを持つ手が震え。完全燃焼とまでは行きませんでしたが、それなりに任務を全うできたのでした。

 

20時間、ガチで練習すればなんとかなるもんすな。と、心と体にがっつり刻むことができました。この認識を叩き込むことができたのが一番の収穫となりました。やればできる!そういうもんや!。

 

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でさ、結婚式、終わってみたらめっちゃいい会でさ。(冒頭で散々ディスってたけど)小学校のときの友達とか、お世話になった先生とか、今一緒に働いている人とか、自分をつくってくれている人たち、支えてくれている人たちがたくさん来て、コミュニケーションとって。久しぶりだね、どうしてた?とかさ。ここでしかできない話をたくさんしているのをみてさ。ほんとやるべきことはこれだって思った。俺、仕事ばかりやってる場合じゃねぇ!身の回りの人を幸せにしないでいて、どうやって世界の人を幸せにできるんだよ!って思いました。近くが見えないで遠くなんて見えない。近所まで歩けなくて、遠くになんて走れるわけがないのよなぁ。

 

 

 

お祭りで型抜きをした話、

こんにちはよしけです。いつの間にか夏が終わり、なんだか肌寒い日もちらほらあるほど気づけばもう秋ですね。みなさんいかがお過ごしでしょうか。今日の東京は晴れて、空が高く、気持ち良い1日でした。世間さまは3連休とのことで、事務所は静かなものですが、僕含め男性陣はみな出勤しております。働きまくりですね。果たして良いことなのかどうなのか、、。

 

そんな中、外から太鼓の音が聞こえてきました。昨日と今日で近所のお祭りが開催されていて、お神輿が街を練り歩いているようです。夏の終わりのお祭り。いいですね。僕も仕事の合間をぬってちょっとだけ参加してきました。で、お祭りといえば出店ですね、的屋っていうんですか?あれを見て回るだけでも楽しいのですが、久しぶりに型抜きがあったのでやってみました。超なつかしい。子供のころはよくやりました。100円で二枚の型がもらえて、画鋲で絵の形に削っていく。うまくいけば1000円とかに換金できるのです。最高ですね。お小遣いの中でくじ引きをするか、型抜きをやって一発稼いでからくじ引きをするか悩んだものです。まぁ、うまくいかないでくじ引きできず、型抜きの堅い砂糖の塊をボリボリ食べて帰るハメになるのが関の山なのですが(笑)。ポイントは支給される画鋲を使わないということです。画鋲というのは、先が尖っていて、力が一点に集中してしまいます。そうすると、意図しないパワーが型に伝わってしまい割れてしまうのです。画鋲は使わず、左手で割りたくない場所を固定して、右手でゆっくりやさしく、細かく砕くようにしていくとうまくいくと思います。最初から細かく一点突破な作業をしようとしてはいけないのですなー。まぁ、それでもうまくいくことなんてあまりないのですが。

 

ちょっと話が横道にそれました、仕事の話に戻ります。

仕事がたくさんあるということはとてもいいことだと思うのですが、がむしゃらに働きまくっても意味のある場合と意味のない場合があります。それを見極めながら走るしかないなーと思っておるのですが、時代が変わりまくる今、確かなことなど何もありません。高い確率で明らかな未来というのもあるにはありますが(人口のこととか、技術的なこととかね)それを追うことが100%正解かというとそんなことは無いんじゃないかなーと思うのです。

そんな漠然としたことをぼんやり頭の中に置いておきながら、会社の運営をやっておるわけですが、不確定な世界で何かを決めていくことの難しさというのを日々感じています。「わけわからんことだらけなのに、なんで1つの結論を求められんのー??」ってな具合です。「これはこれ、はい、これね、これが答えです、ほいほい、こっちね。」とかね。即です。即。休日だって、夜だって関係ありません。東京の時間はまだまだとても早いから、即答することにかなりの価値があるんだろうなーと僕は感じています。が、それって超難しいんですよね。即答なのにもかかわらず、正解を叩き出さなきゃいけない。ファー!!まぁ、本当のところは必ずしも正解である必要はなかったりするのですが、正解だと嬉しいよね。っていう。正解じゃなくてもいい、ある程度「アタリ」や「基準」になるものでいい。そういうことなのですけどね。そのあとの時間でそこの解像度をじわじわあげていく。それが、不確定の世の中で確かなものに到着する手段の1つだなーと感じておる次第です。最初から一点突破で細かい作業したらダメなんですね。だから、一発目でガビガビなやつアップしても怒らないでYO.

 

 

 

飯屋に対するわがまま、

こんにちはよしけです。8月31日最終日ですね。東京はまだまだ暑く、今日も35度の予報が出ておりました。こんな灼熱の日でも長袖の人とかニット帽の人とかいて、都会は面白いなーと思います。

日記ブログをうたった僕のブログですが休み癖がついてしまいしばらく更新できておりませんでした。でも、読んでくださる人には全く関係ありませんし、新しい記事を投下しなくても毎日いくらかのアクセスがあります。書いても書かなくても同じくらいの数字をたたくのならば書かなくてよくね?とも思いますが、アクセスが欲しくて書いているわけじゃないので、たまにはこうしてだらだらと日常を吐露していこうと思います。これが頭の整理になっているので。そういう意味では、僕にとってブログは睡眠みたいなものですね。記憶のデフラグ作業です。そんなわけでたまにの記事だからといって気合いいれて書くのではなく、いつもどおりの低クオリティで行きたいと思います。今日もよろしくお願い致します。

 

今日は飯屋について思うことを書きます。都内のそこそこの飯屋の寿命はかなり短くガンガン潰れてガンガン新しい飯屋ができます。10年持つ飯屋は1割とも言われています。何故そうなってしまうのか、僕の個人的な観点から感想を交えて少し考えてみたいと思います。

 

飯屋の営業時間に合わない件 

最近、立て続けに飯屋への入店に失敗しています。「お、ここ美味そうや、入ったろ」と思って扉を開けると「今日はもう終わりですー」と言われてしまい入店できないのです。僕、臭いんですかね?そもそも昼時や夕飯時を逸脱した時間に飯屋に行くことが多いので、仕方ないことなのですが。お腹を空かせ、たくさんの飯屋から選んで、勇気を出して入店したにもかかわらず断られるのは心とお腹にかなりダメージが入ります。「もー行きたくねー!」とマジで思います。「営業時間終わったらまず先に看板片付けれ」とマジで思います。その店への苦手意識、トラウマさえ生まれてしまいますから、もう二度と行かない可能性が高くなります。あくまでも僕はですが。ただ、次回来たときに割引になるチケットをくれるとかそういう気遣いがあれば確実にまた行きます。だって一回入った店だからリベンジしたいし、入店ハードルは超えているわけですから。

 

飯屋は一発アウトな件

上記のように、飯屋でちょっと嫌なことがあると基本的には一発アウトです。都会には飯屋がたくさんあり、お腹を空かせた人は選択肢を無限に持っていますから、少しでも嫌なら行きません。僕は特に。店員が無愛想とか、空調が合わないとか、オーダーが遅いとか、水が無くなっても気づかないとか、自分の影で料理が見えないとか、トイレが汚いとか。そういうありとあらゆる点にアウトが潜んでいます。(お客は自分にも理解できる部分はとても気にするんですよね。飲食は他のプロの現場と違ってバカでも理解できてしまう部分にアウト点が多くあることも弱点です。僕ならこう運営するのになーとか僕みたいなニワカが湧きやすい。)一発アウトの最たるもので言えば食中毒もありますね。飯屋は一見誰にでも出来そうな雰囲気がありますが、医者や乗物ドライバーのような即死リスクのある業態だと思います。 飲食やってる人は本当にすごい。

 

立地とか気分で行く件

普段よく行く飯屋が美味しいかどうかってあまり関係ありません。まぁ、最低限のラインはあるかもしれませんが。行く理由は、近いからとか、そんな気分だからとかそんな理由です。僕が半年くらい毎日通いつづけたカフェがあります。コーヒーとベーグルを毎朝買っていました。美味しいコーヒーと美味しいベーグルだったのですが、ここ1ヶ月全く行っていません。理由は引っ越したから。引っ越したと言っても、全く別の所に引っ越したわけではありません。そのカフェに行くのに15歩くらい遠くなったのです。たった15歩。マジで15歩。これが理由でこのカフェに行かなくなりました。見えてるんですけどね、15歩ですから。僕としても「なんじゃそりゃ?」と思うのですが、本当にそれだけです。店員さんはいきなり来なくなったので不思議だと思います。近所なので顔も合わせますし。でも、朝の15歩は僕にとってかなり貴重な歩みなのです。味とか店主のこだわりとかあんま関係ありません。濃いもの食いまくってる素人に味よくわからないし。

 

すぐ飽きる件

僕は新規開拓が好きで、新しい店に行って新しいメニューを食べるのが好きです。新しい発見、新しい味は楽しいものです。基本的には同じものを食べていると飽きますよ。よほどいい店や、思い入れのある店でもなければ何回も同じ店に行くことはありません。だから多くの飯屋は1回行けば十分です。

 

飯屋はサイクルなんだなー 

そんなわけで、本当に些細な理由でその店に行くか行かないか決まってしまいます。普段行くそこそこの店に味の勝負はほとんどありません。だいたいみんなうまいから。お店にとってはちょっと理不尽だと思いますが、都市部の飯屋天国な状況がそういう側面を生んでいると思います。いくら飯屋が閉店しても構わない。いくら飯屋が開店しても構わない。潰れるべくして潰れ、生まれるべくして生まれる。そのサイクルがめっちゃ早い。そのことに悲観的になる必要はなく、他の業界や業態とはちょっと別だと考えた方が良いんじゃないかなーと思います。新しい飯屋、開店してくれよな!。

 

 

 

 

最近の松屋事情、

おはようございます、よしけです。東京は昨日あたりから朝晩の気温が下がり、突然秋が始まった感があります。空が高く、爽やかで気持ちいいですね。お盆休みは終わりかけていますが、ギリギリこの土日は穏やかに過ごせるんじゃないでしょうか。どこかに行く人は平成最後の夏楽しんできてください。僕はこの急激な気温の変化に対応できず、喉が痛くなり少し咳が出るようになってしまいました。体も重い感じがしています。週明けまでには良くなるといいのですが、、。

 

朝早く起きたので、近所の松屋さんに朝定食を食べに行きました。しばらく店舗のリニューアルで店を閉めていたのですが、最近また営業を始めていました。新しい店舗はセルフ化が進んでいました。これも少子高齢化の流れの1つだなーと感じました。

松屋は食券タイプで、席に着く前にメニューを選び、食券を買う必要があります。食券を買った時点でオーダーが厨房に伝わります(前からそうでしたが)。声を発することなく、完了するシステムは僕は大好きです。初期の松屋は、朝定食のチケットを買った後に小鉢の選択を自らの肉声で店員さんに伝える必要があったと記憶しています。これがなかなか面倒でした。寝起き&滑舌の悪い僕は小鉢の選択すらうまく伝えられなかったのです。

そんなわけで、食券ボタンを押すとオーダーが通るので、番号で呼ばれるのを待ちます。このタイミングで以前であればお茶かお水が出てくるのですが、出てきません。セルフサービスで、取りに行きます。そして、以前はプラコップだったのですが、なんと紙コップに変更されていました。洗う手間や、管理の手間を省いていますね。でも、お水や、お茶、ホットか、コールドか、など自分の好きな飲み物を選ぶことができるようになりました。これはいいですね。以前だと冷たい水が出てきて、本当はあたたかいお茶がよかったなーと思うこともありましたからね。コミュニケーションコストもかなり下がりますよね。僕みたいな「水ではなくお茶が飲みたい超絶ヤベーヤツ」がきてしまった時のトラブル回避にもなります。うまく手間を省きつつ、お客さんに合わせた飲み物も出せるというかたちになりました。

お茶をスタンバイしていると、番号で呼ばれます。これが肉声でなく録音されたアナウンスです。そして厨房のカウンターにお客さんが取りに行きます。基本的に厨房から店員さんが出なくてもすむように設計されているので、お客さんとの接点が出来上がった料理を渡す瞬間しかありません。本当に至るところで省力化しています。いかに少人数で働けるか、いかに楽に働けるか、いかに不確定要素を排除できるか。できる限り自動化機械化しています。僕が行ったタイミングは朝でしたが、2人の店員さんがいました。でも、この仕組みなら確実に1人でできるでしょう。いや、人間の店員さんがいなくても十分回るところまで、見えたような気がしました。

 

今後、ファストフードはこの流れがガンガン加速していくことでしょう。日本の人口が減っていくに従い、お客さんが少なくなり、売り上げも落ちて行きます。でも、給料を下げるのは難しい。店員さんの数は少なく、より働きやすい環境にしていくことが今後どの業界でもより必要になるでしょう。新しいテクノロジーや様々な工夫が、取り入れられていくでしょう。便利な未来の社会。とても楽しみでもあり、ちょっと寂しくもあります。だって、食器がプラスチックとか、紙とかあまり嬉しくないですよね。椅子が固定されていたり、テーブルの調味料が固定されていたり、誰がつくった食べ物かわからない食事ってなんだか寂しいですよ。便利だけど、豊かではない。そういう世界のような気がします。

 

 

金が尽きるのが先か、マシなビジネスモデルにたどり着くのが先か、

こんにちはよしけです。東京は今日もいいお天気で暑いですね。お盆やすみ真っ最中ということで、皆様いかがおすしでしょうか?僕のお盆は、ゲーム映画読書ざんまいやー!と思っていたのですが、なかなかそんなわけにはいかず。会社的には「今週1週間は休み」という体裁にしてひっそりと仕事をしておるわけです。社員さんはお休みですが、僕はガンガンはたらくという感じです。社員みんなのスケジュールはGoogleカレンダーで共有され、僕がどれくらい働いているかみんなに知られてしまうので、お盆はカレンダーに記入せず空白勤務にしようかなとも思いました。社員さんに無駄にプレッシャーを感じて欲しくないからです。でも、事務所にいるのにカレンダーに記入しなかったり、へんな時間に働いていることを共有しないと、カレンダー共有の信頼性が落ち、変な疑念が生まれてしまいます。それに、なんでステルスで働かなければいけないのか、なんで僕が社員さんに気を使わなければならんの?って思い直し、カレンダーがっつり記入でお盆プレイを敢行しました。

お盆休みに一人で働くって、それってどうなの?プレイングマネージャーは褒められたものではないことなど100も承知で、実務から解放されない管理者は全く評価に値しないと僕も思っております。が、まぁ、現実はそうもいかないものでして、、僕の無力さを本当に毎日感じている次第です。社員にいい給料を出したい、休日はきちんと休んでもらいたいと、ただただ思っているだけなのですが、そのためには僕が間を繋がないといけない状況があるのです。休日に動く、理不尽な仕事にも対応しなければ行けない、弊社はまだまだそんなレベルなのです。これってビジネスモデルが破綻しているよねって話でもあるのですが、それを少しずつでも改善できるように、日々走っているわけです。金が尽きるのが先か、マシなビジネスモデルにたどり着くのが先か。常に綱渡りの状態です。

M:Iフォールアウトをみた話、

こんばんは、よしけです。今日の東京は午後に瞬間的な雷雨があったため、夜になっても湿度がとても高く、むしむししております。とても不快ですね。南国のような感覚があります。台湾とかね、あのあたりの感じ。カビがにょきにょき生えそうな感じがします。食中毒にはご用心ということで。都内は月曜日にもかかわらず、お盆の休み感と、それに対抗するように仕事をしている人たちでなんともいえない雰囲気が漂っております。電話にでるの?でないの?打ち合せやんの?やらんの?みたいな笑。

 

先日、ようやくミッションインポッシブルフォールアウトをみることができました。なかなか良くできていて楽しめました。もうなんというか水戸黄門の域ですね。お約束の美学がとても気持ちいいです。何度見ても楽しめるって凄まじいコンテンツですよね。バイオリズム掴まれている感じがします。しかしながらトムさんももう結構なお年頃で、やられ描写に痛々しいものがあったり、体力が衰えてきた的なネタも少し折混じるようになりました。ターミネーターシュワルツェネッガーさんも近年はそんな感じでしたよね。でも視聴者にとってイーサンはずっとイーサンでいてほしいという感覚もあります。いつまでも活躍していてほしいものです。そんなわけで、サントラを聞きながらカフェでパソコンを打っていますと、僕はイーサンなんじゃないかという雰囲気になってきますね。映画っていいものですね。

 

ハリウッド映画のようなコンテンツは、全世界の人に理解してもらう必要があります。文化の違いや、言語の違い、教育レベルの違いなどに極力影響を受けないようにつくる必要があります。そのため、最大公約数てきな平たい表現になってしまう部分もあるかもしれません。でも、そういった違いに影響を受けない、演出、伝え方、イメージという共通の言語で語られたストーリーっていうのはとても勉強になるものがあります。この表現ならば全世界に通用するのか。と。こういう言い方、こういう見せ方をすればだれもが共感できる。それが、全世界に展開しているハリウッドの映画の見所であり、学ぶべきポイントかなと思います。世界に伝わる表現。これからの時代に確実に必要になるスキルの1つだと思います。

 

 

 

 

 

 

手元にお金しか残らないとやばい、

こんばんは、よしけです。みなさまお盆休みいかがお過ごしでしょうか?都内はいい天気ですね。なんとなく夏の終わりの雰囲気もで始めた感じがあります。今年の夏は天気に振り回された夏でしたが、ようやく落ち着いてくるのでしょうか。

news.tbs.co.jp

今まさに、帰省ラッシュからのUターンラッシュで高速道路の渋滞に巻き込まれている方もいらっしゃるかと思います。みなさんお気をつけて。僕も子供のころの記憶にあります。夏の終わらない渋滞。でも、あれがなんだか悪くない記憶としてあるんですよね。どこか遠くに行ける、いつもと違った景色、家族みんなでまとまった時間を過ごした思い出として残っています。関越トンネルっていう10Kmあるトンネルがあるのですが、その中で数時間におよぶ渋滞に巻き込まれたときの異世界感は特に強烈なインパクトとして記憶しています。どこまでも続くオレンジのライト。今その10Kmのトンネルに入っても、全然長く感じないんですよね。子供の頃って時間がすごくゆっくりだったんだなーと思います。夏休みの40日ってもう永遠の時間に感じましたからね。自由研究とかやりましたよ。毎日アサガオの花を数えたりね。

 

そんななか、僕は相変わらず誰もいない事務所でひとり働いているわけですが、こんなニュースを拝見いたしましたよ。

www.nikkei.com

期間のある契約で働く期間工や、パートさんの募集で追加金などの特典がつく動きが出ているようですね。どういう背景があるのか定かではありませんが、人口減少による働き手の確保の難しさは1つの理由としてあるでしょう。この問題はまだあまり目に見えてきていない気がしますが、この先確実に発生する事項として備えた施策かと思います。あと、少しでも優秀な人間を確保するためにも必要なことなのでしょうね。

 

働き手としても、より多くのお金を得られることに越したことはないのですが、1つ気をつけなければいけないのは、手元にお金しか残らないのはヤバイということです。いくら給料がよくても、その仕事がなくなった瞬間何もできなくなるのでは意味がありません。とくに設備産業はこの傾向が強いですよね。人間より機械が重要っていう。この期間工も2年11ヶ月が満期とのことですが、これマジですか?その後どうなるんですか?僕にはよくわかりませんが、、正社員になれる人ってどれくらいいるんですかね。手放しに正社員がいいかどうかも、まぁ、本人次第ってことになると思いますが。

正社員がよくて期間工が悪いというわけではなく、その中で次に繋げられるものを得られるかどうかが重要かと思います。他に転用できる技術とか、コネクションに優れた人と友達になるとか、誰とでも一瞬で打ち解けるコミュ力とか。何かお金以外で自分の中に蓄積する能力を得られるように動く必要があります。お金は使ったらなくなりますが、能力はいくらでも使うことができますからね。無限に換金できるわけです。特に若いうちは目先のお金よりも自分のスキルを磨いていくことが大切です。年齢とともに体力は衰えますから、能力が同じならば当然若い人に仕事が行きます。そうなると、どこかのタイミングで詰んでしまいますからね。能力あげることにまずポイントを振って、いい感じに仕上がったところでお賃金を回収していけばいいのかなーと思います。その方がトータルの歩留まりは良くなると思います。その間もすこしづつ能力にポイントを振ることを忘れなければ、どこかで詰むこともありませんね。

 

ここまで書いたところで、弊社の社員に「お金以外の能力」をつけることができているのか?と自問しました。少なくとも弊社は自らの手で新しいものを生み出す必要がある業種なので、1人1人の中に自立する力が蓄積し続ける環境であるとは思います。この要素をさらに伸ばすとともに、自ら考えたことを世間に問える力、その結果を受け取り、次に活かす力が自然とついていく環境を加速させていこうと思います。結果を次に繋げる力があれば、無限のサイクルを回していけることでしょう。