代々木ではたらく

これからの働き方を考える

今日の短い日記、

後進国ばんざいですね。今夜もぼくは300円の富士そばを食べ。iPhoneで音楽を聞いて、ネットでツイッターをスクロールして、フェイスブックで友達の様子を見て。寝るだけ。日本はもう先端でいる必要がないと気づいたんだね、アップルグーグルアマゾンフェイスブック吉野家OKみたいな。今日はそれだけです。

 

比較しなければ幸も感じない、

幸せとは何か?どうやったら幸せを感じられるか?っていうよくある問いの、よくある解答は「人と比べない」なのだけど、何かと比較しない限り、幸せも不幸せもどちらも感じることは無いんじゃないかと思っています。

ツイッターフェイスブックもインスタグラムも、他人と自分を並べてどうこうみたいな様子です。だとすると、NSN全般的に幸か不幸かを測定する機械ということになるんじゃないかと感じています。少なくとも僕がそう思ってしまっている時点で、僕にとっては不幸製造機になっています。僕はSNSをきちんと使えていなかったのです。情報収集や、知見収集に使うことができる人ならば、不幸を製造することなく、知識共有の最強の場となるかもしれません。ものは使いようということでしょうね。インターネットは正も負もレバレッジがめちゃくちゃかかります。だから面白いのですけども、僕にとっては、最近どうも暗黒面が多いいように思います。辛いですね。

 

こんなツイートを拝見しましたよ。

 

そうそう。こんな感じで、ネットがなければ絶対に知らなかったであろうこともリアルタイムで知ることができてしまいます。上を見ればきりがありませんからね。そして、今の東京は深夜まで働かないし、別に激務じゃないし、金もまぁまぁあるし、そういう人はだいたいみんな優しいから普通に幸せなんですよね。

 

おそらく僕は、ツイッターフェイスブックもインスタグラムも全てやめてしまえば、かなり幸福度は上がると思います。「幸せは相対的なものだ」という話も聞きます。自分より不幸な人をみれば自分はまだマシと思う。預金金額を比べたり、職業や家、車を比べて自分が優っていれば幸福を感じる。幸せを感じるためには比較対象が必要なのです。戦国時代はみんな不幸を感じていたのか?「スマホが無くて不便だ」とか言っていたのか?といえばそうではありませんよね。何と比べるのかで幸か不幸かを感じるのです。

 

しかし、「自分は他人と比べて落ち込むようなアホではない」と思い続けてきました。が、どうやらそれは思い込みだったようです。僕も知らず知らずのうちに他人と自分を比べ、常時ダウナーな気持ちでいたのです。家や車や預金が欲しいわけではありませんが、自分は人よりも優れているのか?という問いは常にあったように思います。

 

それに気づいたのは、ちょっとSNSから離れた瞬間があったからでした。いつもなら15分に1回ツイッターを徘徊しています。もっとかもしれません。10分以上スマホから目を離すことはないと思います。スマホってめっちゃいい機械ですよね。興味が尽きません。しかし、ここ数日仕事ばかりやっていたせいで、ほんのちょっとだけスマホへの興味が薄れました。今やっている仕事にフォーカスしなければと。かっこよくいえば「自分との戦い」だと。誰との戦いでもない、誰も助けてくれない。自分がやるしかない。そこに他人が介入する隙間などなかったのです。

本当はそれでいいはずです。誰とも戦う必要はない。比べる必要は無いのです。他人と比べることで分かるのは相対的な価値です。自分の絶対的な価値が上下するわけではありません。でもなぜかそこに一喜一憂してしまう。まだまだ僕も修行が足りませんね。しかしながら、比較しなければ幸も感じないものです。南の島でゆったりカクテルを飲みながら夕陽を眺めるのは幸せでしょうか?それ単体だとただの事実です。東京の満員電車で消耗する人と比べると、幸せかもしれません。もし、大好きな女の子と、、いや、この例はやめておきましょう。

 

ともかく「何かと比較しない限り、幸せも不幸せも感じることは無いんじゃないかと思っています。」冒頭の問いかけです。戻ってきました。ここまで考えてきて、1つプロセスが足りないことが分かりました。比較した後、それを自分がどう受け取るかということです。単純な比較では幸も不幸も無い。自分の価値観フィルターを通して「幸」と「不幸」どちらにわけるか。それを自分が決めるように心がければいいんじゃないでしょうかね。このフィルター作業も他人任せにしてしまうと全てが「不幸」の方に分類されてしまうと思います。ぜひ、自分でフィルタリングしましょう。誰に遠慮する必要もありません。わがままにやって大丈夫です。

 

まったくめんどくせーやつだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

無垢材テーブルをメンテナンスする、

僕は無印良品が割と好きで、弊社の作業デスクは無印の無垢材テーブルです。自宅もこれ。自宅はベッドもソファも椅子も棚も、その他いろいろ無印で、もはや無印のショウルームみたいになっています。逆にヤバイです。

 

www.muji.net

 

今日は仕事の合間に、この無垢材テーブルをメンテナンスしてやることにしました。もともとはとても綺麗な木材なのですが、購入から数年が経ち、表面が擦れたように白い傷が浮き出してきてしまいました。ちょっと貧相に見えてきたので、ニスでも塗ろうと思っていた矢先、弊社の優秀な社員さんが調べてくださいました。

 

この製品は、天然木(オーク材)で表面がウレタン樹脂塗装がされているとのことです。この、ウレタン樹脂の耐用年数が6〜8年らしく、他の塗料よりも早く劣化してしまうそうです。やはり定期的なお手入れが必要なのですね。

メンテナンスには、色々な方法があり、オイル、UV塗装、ラッカー塗装、そして再度ウレタン樹脂での塗装、などなどがあります。それぞれの特徴は勝手にググってください。そういう丁寧でアレなクソブログとは違いますので。で、一番お手軽にできそうなオイル仕上げをやってみることにしました。なんと、食用の亜麻仁油を塗ります。まじで!?テーブルがオメガしてしまいそうです。

 

成城石井亜麻仁油を、100均で万能ブラシを買ってきました。これでいいのか!?(白く擦れ、ひび割れたような感じの当テーブルの上で撮っています。)

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亜麻仁油を満遍なく塗りたくりました。ドキドキしますね。

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テカテカです。ブラインドが写り込んでおります。オメガデストロイヤー!!

 

擦れて白くなっている箇所に、亜麻仁油が染み込み、買った当時のこんがりきつね色が戻ってきました。とてもいい感じです。ちょっと調べたところ、テーブルのメンテナンスには乾性の油が良いみたいですね。不乾性の油だと、ベタベタが残ってしまい、ヤバい中華料理屋みたいな感じになってしまうようです。オリーブオイルはNG。やるなら、亜麻仁油、荏胡麻油がいいそうです。よく拭き取るのも忘れずに。

 

亜麻仁油は普段料理で使えばいいし、たまにわざとテーブルにこぼして、ふき取ったりしてれば良さそうですね。わざわざ別の塗料を買わなくても大丈夫です。いいですね。

 

いやいや、なんちゅー低クオリティの普通の記事だ。仕事ブログなのに、テーブルのメンテナンスだけで終わるとは何事か。本当はメンテナンス部分は200文字くらいにして、そのあと「日本の後進国っぷりがすごい」と「インフラ事業について」をミックスしたとてつもなく真面目でセクシーな記事を書こうと思っていたのに、もう1000文字を超えてしまったので無理です。僕が一番嫌いなタイプのブログ記事になり下がりましたね。まぁ、いいんですよ。これが日々のリアルな仕事ライフですから。こういう日もあります。

 

日曜日はそんな感じであっという間に過ぎていきます。

 

 

 

今を100%で走るダメさ、

夕方にn氏が弊社に来ました。新しい案件の打ち合わせをするためです。n氏は同業の社長さんです。自ら打合せにきてくださって、ありがたい限りです。社長さんともなれば、一体、時給はいくらなんだよ。って感じなわけですが。おっと、経営者は24時間経営者なので、もしかしたら意外と高くないかもしれませんね。いやいや、いい仕事をたくさん持っている会社のトップですから。やはり高そうです。どっちなんだよ。

 

今日土曜日ですから、弊社には人がおりません。n氏は「今日は誰も居ないい感じ?」と言ってましたが。そうですね。という状況です。休日はおやすみするためにありますからね。僕は1年365日オフはありませんので、事務所におりますが。でも最近、休日はきちんと休まないといけないなと思うこと山の如しです。体の休息というよりも、頭の休息が必要だとひしひしと感じております。ずっと、仕事モード100%でいると、他に何も入れる余地がありません。何かいいチャンスがあった時「忙しいから無理」という感じになって、機会を損失してしまいます。今を100%で生きることはとても素晴らしいですが、未来のために10%、いや、5%でも使うことはもっと素晴らしいです。(学生さんや、自宅警備の方々は未来への時間投資率90%とかを叩き出すわけですから本当に羨ましいです、未来は彼らの手の中ですね。)

今は一瞬で過去になってしまいますから、今を生きるということは過去を量産することでもあります。それではいけませんね。でも俺、プレイヤーとしての仕事以上に面白いことがないんだよね。

 

と、話は二転三転してしまったのですが、やはり休日はきちんと休みましょうということです。社員さんにも本当に休んで欲しいと心から思っております。普通の社長さんはみんなそうだと思います。自分の会社の社員さんに幸せになって欲しいと。社員さんを幸せにしたいと思っているはずです。でもなぜブラック企業と言われてしまう会社が出来上がってしまうのでしょうかね。ビジネスモデルがうまく作れず、仕事が成り立っていないのに、そこに人を入れてしまう。そもそも失敗しているのに、力任せに時間だけを投下して行く。経営者に悪意はなくても、失敗に気づかないという無能っぷりを発揮してしまう。そのまま進めてしまう結果なのでしょう。

 

恥ずかしながら、弊社もビジネスモデルらしいものはありません。力任せに走っています(社員はブラック化しないように気をつけています)。設立4年目ですが、そろそろ軌道に載せなければならないと思っています。うちはオーダーメイドでものをつくっています。が、これをモデル化するのがとても難しと感じています。1つ1つのプロダクトが全然違うのです。規模も工数も予算も全然違います。同じ見た目でも、数万円から数百万、それ以上と金額にものすごい幅があります。1つとして同じものがない。これをモデルしちゃいけないんじゃないかとすら思えてきます。

 

モデル化できないと、単純化もできないし、分業も難しい、誰にでもできるわけでなく、属人的な性質が強まってしまいます。そしてAI化やテクノロジーの恩恵もフルで受けられない可能性が高いです。(それが逆にアドバンテージになることもあるかもしれませんが)そうなると世界にスケールできないんじゃいかと思い始めています。買収対象にもなりえません。

 

その辺りを今ぐるぐる考えております。そういうことを考えるのも時間がいります。100%オンの状態でいるとダメですね。でも会社には現金が必要なんすよ。戦いです。今日はオチらしいオチはありません。いつも無いか。それでは今日はこの辺で。また明日。

 

 

 

 

社内飲み会の作法、

プレミアムフライデーだったんですかね?もうなんだかよくわかりません。何の効果もなかったんじゃないでしょうか。それでも今日は週末、金曜日らしい時間の使い方をしました。知り合いの会社に新人さんが入社されたので、歓迎会と相成り、弊社も全員で参加いたしました。とてもおめでたいですね。

 

開場はカニバー。以前僕のブログで紹介したバーです。お通しはボイルした山盛りの蟹です。それだけでも大満足なのですが、メニューは蟹ばかり。最高ですね。ペアリング蟹ビールもめちゃうまです。そしてお値段もとってもリーズナブル。お近くの方は是非行ってみてください。

works.noayos.com

 

 弊社は飲み会はほとんどありません。みんなが別々の仕事をしているため、なかなか就業時間も合わないということもあります。それに 会社の人と飲むというのはちょっと違和感があります。飲まないとできない話なんてあるのでしょうか?普段からコミュニケーションをとっていれば何にも問題ないはずです。

そんなわけで、弊社公式の飲み会というのは年に数回しかありません。知り合いの会社の歓迎会として開催された今日の飲み会はとても珍しい日だったのです。開始時刻は18時〜20時。定時内で設定されていて、時間になったら帰れるように開かれます。(でも今日は終了が22時になってしまいましたが、、)

 

飲み会は仕事か否かという話がよく問題になっておりますが、上司サイドが飲み会を設定したら仕事になるでしょうね。拘束力が強いため、参加を免れることは難しくなります。しかし、仕事としての性質が強いため、当然、定時内でやる必要があります。さらに給料が支払われる必要もあります。上司の方々は給料が出る時間の範囲内で簡潔に要望を部下に伝えましょう。

 

逆に、部下サイドから上司を飲みに誘う場合はどうでしょう。嬉しい上司さんもいるんじゃないでしょうか?笑。あなたは上司として認められたということになります。この場合上司は参加を拒否することもできるので仕事ではない気がします。部下に拘束力はありません。上司は大事な時間を部下に使うかどうか判断できます。もし、飲み会が実現したら、部下はめちゃくちゃラッキー。得しますね。自分より時給が高く、経験値も高い人を、同じフィールドに召喚できるわけですから。いろいろ情報を仕入れられるし、悩み相談をすることもできるでしょう。ただし、それに値する上司である必要があります。

 

飲み会の席で部下に説教ができるのは、部下サイドから打診した場合だけです。くれぐれも上司の皆さんは調子に乗らないようにしましょう。無理やり飲み会に部下を連れて行って説教垂れるのはいけません。部下から上だと認められたものだけが「上司」です。その称号は会議で決まるものでも、上の役職から与えられるものでもないのですよね。

 

会社の飲み会って何かと気を使うことが多くて、なんか純粋に楽しめませんよね。でもまぁ、上司と部下の関係がカチコチな現場もどうかと思いますが、、。お金がからむとシビアな考えを持つ人がいるのも事実。でも本当は上司と部下なんて、浜ちゃんとスーさんみたいな感じがいいなぁと僕は思います。

 

 

明日死ぬかのように、永遠に生きるかのように、

今日の東京はとても寒かったですね。朝、通勤の時間帯にはみぞれも降っていました。そのまま雪にでもなるのかな〜と思ったら、意外と曇りなんですね。それでは1曲行ってみましょう。FMラジオ風にはじめてみましたが、特に意味はありません。

 

大杉漣さんが66歳という若さでなくなってしまいました。

www.sankei.com

 

まだまだお若く、これからさらに俳優として大活躍していく人だと思っていたのですが、とても残念です。まだまだ楽しませてほしかった。収録済の番組や、進行中のドラマ、映画などがたくさんありますし、本当に急なできごとだったのでしょう。

 

僕は身近な人が亡くなってしまうことをあまり経験していません。だから、その時がくるのがとてもこわいです。いつか、家族や友達や、身の回りの人と別れなければならない時が来るでしょう。分かっていても、想像するだけでつらい。この世界には、同じ人はいません。僕も、あなたも1人しかいません。唯一無二の人なのです。その人を失えば、永遠に失ってしまう。まだまだ話したいことがたくさんたくさんあるのに。もう2度と話をすることができないなんて。ありえないですよ。だって今までずっと話ができていたじゃないですか。でも、いつかはその時がきます。そしてそれは明日かもしれない。もしかしたら今日かもしれません。この1秒後には電話がなって、、。それを心から実感しないまま、今日もダラダラと仕事をしています。

自分にだって同じことが言えます。明日死ぬかもしれないし、今日死ぬかもしれない。1秒後だって分からないのです。

 

自分がいなくなっても、身の回りの人は悲しんでくれるかもしれません。でも、しばらくすればみんな忘れてしまうでしょう。自分が生きていたことなんて、意味があったのだろうか?と思ってしまうかもしれません。大杉さんは数多くの映画やドラマを残してくださいました。「自分がいなくなっても、映画とかいっぱい見てねー!」って思っているとおもいます。今収録済の番組も、「最後に撮れてよかったって」思っているとおもいます。

映像や写真や文章など、何か自分の情報を残しておけば、自分がいなくなった後もその存在や、考え方などで世界とコミュニケーションすることができるでしょう。たくさん情報を残せば残すほど、その個人は強固に残り、対話できるレベルになるかもしれません。僕もブログをたくさん書いていこうと思います。

 

デカトンケイル : 攻殻機動隊 : CMSB

 

 

 

プロの現場、

今日は珍しく、社外での仕事でした。色々な分野のプロが集まり、1つのものを完成させていくという現場の仕事です。朝早くから都内某所に集合して、丸一日かけてある目標に向けてみんなで頑張ります。今日のこの仕事が計画されたのは、もう去年の秋頃のことでした。

 

そんなわけで、今夜はへとへとです。丸一日外にいると本当に疲れますね。緊張感もすごいし、普段とは違う仕事なので頭も使います。心身ともに疲労困憊です。朝も早かったですからね。早起きすることは若い頃は得意でした。なんなら、寝ないで行ったほうがいい、寝坊する心配もありませんしね。って感じでした。でも今はもうダメです。1回早起きするために、数日前から体調管理して、計算して、早起きできるサイクルに持っていきます。前日には起きる8時間前には就寝です。これでやっと指定の時間に起床する事ができます。プロフェッショナルの現場は1分1秒の遅刻が命取りですからね。

 

「プロフェッショナル」とはなにか?ってよく問われますよね。どこからがプロ?プロの条件は?お金とか情熱とか、商業だったらプロ?、自称プロ?プロ用の機材を使ったら?みたいな。結構色々な解釈があります。それでいいと思います。「プロ」という言葉を使うケースごとに定義していいと思っています。が、僕なりの考えは対価が支払われたらプロだと思います。お金じゃなくても、モノで支払われたとしても。そこに責任が生まれると思います。そうすると、「プロ」=「責任」なのか?っていう考えも生まれますが、ちょっと違います。責任が生まれるから対価が支払われるのではなく、対価が支払われるからそれに応える責任が生まれます。そういう意味で、下町ボブスレーはプロの現場ではありません。僕はそう思っているだけですが。

 

で、僕の思うプロの人たちに共通することがあります。それは、失敗に対するリカバリー能力が極めて高いということです。何かミスが起こったり、不測の事態が発生した時、パニックにならず、冷静に対処できます。また、発注者からの修正にも柔軟に対応できます。これはアマチュアにはなかなかできないことだと思います。誰のための仕事なのか?何のための仕事なのか?理解しています。

 

今日の現場でもそれを感じさせる出来事がありました。機材トラブルで、1時間ほど現場がストップしました。手持ちの機材では、修復できません。これは続行できないんじゃないか?、今日はここまでか?と思いました。現場に緊張が走りました。クライアントも不安そうです。ですが、スタッフのみんなが色々な手段を試したり、別のものを転用したりして、現場は復帰したのです。見た目は不恰好な設備となりましたが、目的のクオリティを出すには十分な仕様でした。これがプロのリカバリー能力だなと思いました。

 

アポロ13という映画を知っていますか?僕は大好きな映画です。

www.youtube.com

 

月面着陸を目指すアポロ13号。電気系統のトラブルにより、酸素漏れを起こし、月に着陸することができなくなります。さらに、電力の低下や、船内の環境悪化により地球に戻ることすら難しくなります。この絶体絶命の危機に様々な工夫で対処していきます。電力を節約するためにコンピュータの電源を落とし、操縦を手動にし、増加し続けるの二酸化炭素を処理するために、船内にある様々な材料を使って即席のフィルターをつくります。

どんな困難にも無理だと諦めずに、冷静に対応していく。これがプロフェッショナルだと思います。そしてその過程が自分にとってとても面白く、逆境を楽しんでいるかのように乗り越えてしまいます。それはエキサイティングなことなのです。一度その感覚を味わったら忘れられません。ですから、何か大変なことが起こっても、何か方法があるはず、どうにかできるはず、と常に工夫し、常に最適な解決策を探していくのです。そんな現場に不可能はないのです。何でもできるという意味ではなく、「無理だ」という諦めの結果に陥らない。プロの現場というのはそいういう現場なのです。