代々木ではたらく

これからの働き方を考える

失敗の果てに、

失敗から学ぶ。

今までどんな失敗をしてきただろうか?

僕は実はあまり失敗をしていない。この記事を見てくださっている方々は、いくつかの失敗をしてきたと思う。それが少しうらやましい。失敗談は結構面白いことが多い。いいネタになるし、ご存知の通り「成功」よりも経験の絶対値が大きく、有益だ。誰でも失敗なんてしたくないのは分かる。だけどもういい加減、失敗の方を評価していいと思う。時代の変わり目、失敗が多いやつの方が前を走っている。

 

少し前スペースXのロケット着陸失敗集が公開されて、とても面白く興味深く見た。

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素晴らしい映像。盛大な失敗はなんて魅力的なんだろう。殿堂入りの映像だ。つらくなったときとかに見ると元気が出そう。始めてこのロケットの着陸成功映像を見たとき、逆再生しているのかと思った。とても美しかった。こういう形のロケットが垂直に着陸できるのか!ととても驚いた。しばらく信じていなかったけど失敗映像が出てきて、そうだよな、失敗するよな。と、逆にちょっと安心したし、勇気づけられた。しかしながらこの映像をこの音楽で発表できる時点で超成功だよな。明らかに成功するビジョンが見えるもの。失敗を楽しんでいるようにも見える。

 

失敗しないこと

先に少し触れた通り、僕はあまり失敗したことがない。それが少しコンプレックスにもなっている。なんて贅沢なコンプレックスだ!と思われそうだけど。実際トップランナーたちは面白い失敗談をいくつかもっていたりする。いいネタが入っていて、それが明らかに成功の種になっている。うらやましいのう。

子供の頃なんて失敗ばかりするものだけど、僕はそうでもなかった。あまり覚えてないだけかもしれないけど。でもインパクトのあるものはない。なんとなくラッキーで乗り越えてきてしまった。自分でもがき苦しんで何かを成し遂げたことなんてない。僕の弟は結構やんちゃで、だいたい弟が先に失敗してそれを見て「あれはやめよう」とか「あれやったらいけないのか」とか思っていた。無難に過ごしてきてしまった。そんなとき「人のふり見て我がふり直せ」という言葉がよく頭に浮かんでいた。いい言葉みたいだけど、見ただけで自分のものにできるわけがない。

 

失敗できる環境

僕はその時、失敗できる環境にいなかったのだろう。(それがそもそもの失敗なのだけど)失敗をとにかく恐れるあまり、失敗の存在しない(失敗があり得ない)環境をつくってしまっていた。人が失敗するのを見ているだけ。その作戦は功を奏し、特に得るものも無いまま時間だけが過ぎていった。僕にとって宇宙は、大好きだったけど本の中のファンタジーの世界であって、行くことのできる世界ではなかった。見ているだけで実際に歩を進めることは無かった。その結果今のうだつの上がらないパッとしない人間ができあがってしまった。マスクのようにロケットをバンバン打てば良かった。

 

失敗の果て

スペースXの失敗集を見て思うのは、失敗の規模と成功したときのインパクトは比例するということ。こんな大きな失敗ができる時点でもう成功は約束されているようなものだ。もし仮に、このロケットが永遠に着陸を失敗し続けたとしても。そのデータや経験値は唯一無二のものだし。蓄積し続けるデータは常に次の挑戦を助けていく。

仮に成功という1つの解に到達しなくても、失敗を重ねまくるだけで十分すぎるほど成果は上がっていくのだ。