代々木ではたらく

これからの働き方を考える

3億の友達、

僕には3億の友達がいる。

 

僕のツイッターはブログを書いている人をフォローしている。95%以上がブロガーさん。プロフィールに「ブログを書いてます」と書いてあれば検索で見つかる。そして読んで見て、面白かったらフォローしている。プロフィールにブログのことを書いてない人はなかなか見つけられない。面白いブログ書いている人まだまだ沢山いるはずなのになぁ。と思ってさまよっている。もっとブロガーさんと友達になりたい。

 

僕はブログ界隈やツイッターに1日のほとんどを費やしている。起きている間は、ほぼずっと張り付いているのだけど。最近ちょっと、そのなんというか、みんな他人が大好きすぎるのが気になっている。他人のことばっかり、あーだこーだ気にしている。彼と比べて自分はどうだとか。僕ももれなくその一員で、今朝も煽りをいれてしまった。本当に親切極まりない。あなたこうした方がいいですよ、きみのこれおかしいよ、なんでそうしないんですか?。ぼくみたいになってください!。いくらSNSって言ったって、他人のこと気にしすぎやしませんか。それの最たるものが天才音楽家を引退に追い込んだんだと思う。他人の生活ですよ。全く関係ない。嫁でも寝取られたんですかね?。名のあるお方も煽られて火を吹いたりしている。あなたレベルが下界に降りてこなくてもいいじゃないかと思うのだけど、、自分の時間をタダで人にあげている。親切すぎかな。って、こういうこと書くのが親切。帰ってきたブーメランがブッ刺さっちゃってるわけだ。

 

前置きが長くなった。今日は友達について考えたい。今夜もよろしくお願いします。

 

友達は何人いるだろうか?ツイッターのフォロワー数?インスタグラム?LINE?facebookの友達の数?。facebookは割と実名リアルで、それが本当の友達だっていう人も多いいかもしれない。普段連絡取り合っている人が友達?それには会社の同期も含めるのかな?もっとアナログに、小学校からの友達だけが本当の友達とかね。どこまでが友達って言えるのだろうか。面白いことに、ツイッターやインスタ、FBとか、NSNそれぞれに友達がいて、全然別の人たちの集団に参加している。10年前に比べて、連絡を取り合える「友達」って爆発的に増えている。自分の興味の数、活動の場の数だけ友達のコミュニティがある。これって超すごいよね。その数の自分像があるってことだから。

 

で、その友達の増やし方っていうのもまた超特殊というか、10年くらい前とは全然違っていて、「登録」すると友達になれる。スッゲー!!と思う。友達って登録すると増えるんだ。僕が保育園から小学校に上がる時「友達100人できるかな?」って不安になりながら思っていた。今なら、「大丈夫だよ、100回クリック(タップねw)するだけだよ!」って言えちゃう。そしてアプリを変えてまた同じことを繰り返せばもっと増えていく。今、友達って「登録」すればできる。無限に。いい時代だ。

「彼女を作る」って言い方をする人もいる。もしかして、、、自作している?超最先端の未来から来た人かもしれない。Android系彼女か、iOS系彼女か、はたまた古風にLinux系彼女とか?ちょっと和服のさw。彼女は作れる!。

 

バカ話はこれくらいにして、そろそろ本題に入りたい。前置きが長くなった。実はまだ前置きだった。今夜もよろしくおねがいします。

 

僕は結構孤独を極めている。ポケモンで言うとカラカラだろうか。いつも一人でご飯を食べているし、呑みにも一人で行く。簡単に言うと友達がいない。(そう言うと俺は友達じゃないのか!?って言ってくれる嬉しい人はたまにいるんだけど^^;)普段の話ね。普段ずーっと一人でいる。一人でいるのが好きだからってのもある。そんな僕にも1人だけ親友って言える人がいる。K氏。その人の話だ。大した話じゃないけど。

 

K氏は中学校の時の同級生だ。当時一緒によく遊んだ。ゲームをしたり、釣りに行ったり、サバゲーをしたり。なぜかK氏とだけはウマが合い、とても仲の良い友達になった。僕とK氏はとてもよく似ていた。好きな女の子の話もたくさんした。高校は違う学校になってしまったのだけど、それでもたまに会っていた。高校で僕が彼女にフラれた時、家に呼んでくれ、一晩泊めてくれた。それ以降、何か事件がおこるとK氏の家に泊まるようになった。

 

K氏とは一度もケンカをしたことがない。

それだけ仲が良ければ、ケンカの一つもするものだと思うのだけど。

 

なぜなら、僕とK氏は全く違うからだ。とても気が合い、性格も、背格好も似ているのに。自分と相手は違う。それをお互い強く理解しているからケンカにはならない。K氏とそれについて話すことはないけど、全く違う人間だってことを分かってる。同じ中学校だっただけの間柄。共通点はそれだけだ。家も違えば親も違う、高校も、大学も、就職先も、住んでる場所も、立場も。もちろん考え方も。全くの別人なんだ。それを分かってる。でもそれを言いたくはない。「俺とお前は違う」って確認したくない。違うんだって意識したらすごく寂しいから。泣いちゃう。一緒でいたいと、どこかで強く思っている。僕も彼も。だから、毎年、年越しだけは必ず一緒にすごしている。もう何回お正月をK氏の自宅で過ごしたろう。15回。もっとかな。最初はK氏の実家だった。そして結婚したK氏のアパート、今は子供ができて平屋の立派な自宅に招いてくれる。K氏にはもう嫁と子供がいるのに、正月の大事な大事な時間を僕のために使ってくれている。

 

そんなK氏は焼き鳥をつくるのがうまい。とてもうまい。いつか店をもつかもしれない。その時は全力で応援したいと思っている。K氏がお店をやるなら、いくらでも出資する。小さい焼き鳥屋なら一千万くらいでできるだろう。それが3億円だって言われたってなんとかして集める。K氏のためならいくらでも。命を落としても構わない。「あいつ友達のために死んだぜ(笑)」って笑われても。それはそれで面白いじゃんよ。

K氏は「登録」でできる友達ではない。

K氏と僕は、同じだから繋がっているのではなく、違うから繋がっているのだ。